レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》には、いろいろな「隠されたもの」の話がつきまといます。その中でも少し変わっているのが、「この絵には楽譜が隠されている」という説です。食卓の上のパンと、キリストや弟子たちの手を音符として読むと、短い旋律が浮かび上がるというのです。
この記事では、まず絵そのものを見たうえで、楽譜の説がどんなものか、そしてどこまで信じてよいのかを紹介します。

《最後の晩餐》はどんな絵か
《最後の晩餐》は、ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の、修道士たちが食事をする部屋(食堂)の壁に描かれた絵です。ミラノを治めていたルドヴィーコ・スフォルツァの依頼で、1495年ごろから1498年ごろにかけて描かれたとされています。横幅は9メートル近くあり、食堂で食事をする修道士たちが、キリストたちと同じ食卓を囲んでいるように見える大きさです。
描かれているのは、キリストが弟子たちに「あなたがたのうちの1人が、わたしを裏切ろうとしている」と告げた瞬間です。12人の弟子たちは驚き、問いただし、身を引き、3人ずつのまとまりになって波のように動いています。
人物を見分けるしるし
弟子たちを見分ける手がかりになるのが、手に持っているものです。キリストの右側(向かって左)で、奥から身を乗り出しているのがペテロで、手にナイフを握っています。このあとキリストが捕らえられる場面で、ペテロが剣を抜くことにつながるしるしだとされています。
そのペテロの前で、体をのけぞらせているのが裏切り者のユダです。右手に小さな袋を握っています。これはキリストを売り渡して受け取る銀貨の袋で、ユダのアトリビュート(人物を見分けるための持ち物)です。ほかの弟子たちとは違い、顔が影になっているのもユダの特徴です。
すべての線がキリストに集まる
この絵では、天井の梁や壁の線をのばしていくと、キリストの頭のあたりの1点に集まります。この描き方を「遠近法」といいます。実際に、壁のキリストの頭のあたりには、線を引くために打ったとされる釘の穴が残っているといわれます。見る人の目が自然と中央のキリストに向かうように、部屋全体が組み立てられているのです。
楽譜の説とはどんなものか
2007年、ある音楽家の発表
楽譜の説を発表したのは、イタリアの音楽家でコンピューター技術者のジョヴァンニ・マリア・パーラです。2007年に『隠された音楽(La musica celata)』という本を出し、イタリアのニュースから世界中に広まりました。
パーラの読み方は、次のようなものです。
- 絵の上に、楽譜の五線を横に引く
- 食卓の上に並ぶパンと、キリストや弟子たちの手の位置を、音符として読む
- そのままでは曲にならないが、右から左へ読むと旋律になる
右から左に読むのは、レオナルドが左右を反対にした「鏡文字」でメモを書いていたことにちなんでいます。こうして読み取った旋律は40秒ほどの短いもので、パーラは「パイプオルガンで弾くといちばんよく響く」「レクイエム(死者のための曲)のように聞こえる」と話しました。キリストがこのあと十字架にかけられることを考えると、たしかに似合う雰囲気かもしれません。
なぜ「ありえるかも」と思われたのか
この説が話題になったのには、レオナルドと音楽の深い関係があります。
レオナルドは、画家としてだけでなく音楽家としても知られていました。16世紀の画家で伝記作家のヴァザーリは、レオナルドがミラノのルドヴィーコのもとへ行ったとき、自分で作った銀の竪琴(リラ)を持って行き、その演奏でほかの音楽家たちを驚かせた、と書いています。手稿(レオナルドのメモ帳)には、楽器のアイデアのスケッチも残っています。
さらに、手稿には音符を使った「判じ絵」(絵や記号で言葉を表すなぞなぞ)もあります。ドレミの音の名前を言葉の一部として使い、文章を作る遊びです。レオナルドが音符を暗号のように使うことを好んだのは、たしかなことなのです。
ミラノ時代のレオナルドが描いた肖像画には、楽譜を手にした音楽家を描いたものもあります。

どこまで信じてよいのか
専門家の受け止め方
レオナルドの研究者で、ヴィンチのレオナルド博物館の館長だったアレッサンドロ・ヴェッツォージは、パーラの説を「ありえる話だ」と話しました。この絵の空間が、音楽の和音のような比率で分けられていると考えられているからです。
一方で、同じヴェッツォージは「そこにないものを見てしまう危険はいつもある」とも述べています。
読み方しだいで、何でも見つかる
楽譜の説の弱いところは、「どこに五線を引くか」「何を音符とみなすか」「どちらから読むか」を、読む人が決めている点です。条件を自由に選べば、どんな絵からでも何らかの旋律を取り出せてしまいます。最初は曲にならず、右から左に読んで初めて旋律になった、という流れも、言いかえれば「曲になる読み方を探した」ともいえます。
レオナルド自身がこの絵に楽譜を込めたことを示す記録は、手稿の中にも見つかっていません。今のところ、この説は「面白い読み方の1つ」と考えるのがよさそうです。
「隠されたもの」が好まれる絵
《最後の晩餐》は、2003年に出た小説『ダ・ヴィンチ・コード』でも、絵の中に秘密が隠されているという筋立てで使われ、大きな話題になりました。楽譜の説が世界中で報じられたのも、その熱が残っていた時期です。
人々がこの絵に秘密を探したくなるのは、それだけ絵が謎めいて見えるからかもしれません。実は、この絵は描かれてすぐに傷みはじめました。レオナルドは、乾く前の漆喰に素早く描く「フレスコ」ではなく、乾いた壁にテンペラなどで少しずつ描き重ねる方法をとったため、絵の具が壁からはがれやすかったのです。長い年月のあいだに何度も描き直され、1943年には空襲で食堂が壊れましたが、この壁は土のうで守られて残りました。1999年まで20年以上かけて行われた修復で、ようやくレオナルドの描いた色が見えるようになりました。
ぼんやりとしか残っていない部分が多いことも、「まだ何か隠れているのでは」と想像させる理由の1つなのでしょう。
まとめ
- 《最後の晩餐》は、キリストが裏切りを予告した瞬間を描いた、ミラノの修道院の食堂の壁画です。ナイフを持つペテロ、銀貨の袋を握るユダなど、持ち物で人物を見分けられます
- 2007年、音楽家のジョヴァンニ・マリア・パーラが、パンと手を音符として右から左に読むと、40秒ほどの旋律になるという説を発表しました
- レオナルドは音楽家としても知られ、音符を使ったなぞなぞも残しているため、「ありえるかも」と話題になりました
- ただし、五線の引き方や読み方を自由に選べば旋律はいくらでも作れるため、レオナルドが意図したと示す証拠はありません
楽譜の説は、正しいかどうかよりも、絵を見るきっかけとして楽しむのがよいかもしれません。食卓の上のパンや、弟子たちの手の動きに目をとめてみると、それぞれの人物の驚きや迷いが、手の形にまで描き分けられていることに気づくはずです。
アイキャッチ画像:最後の晩餐(Santa Maria delle Grazie / Wikimedia Commons (Public domain))