ニューヨークのメトロポリタン美術館に、黒いドレスの女性が横を向いて立つ、背の高い肖像画があります。アメリカの画家ジョン・シンガー・サージェントの《マダムXの肖像》です。
今では美術館を代表する人気作のひとつですが、1884年にパリで初めて発表されたときは、大きな騒ぎになりました。批評家にからかわれ、モデルの家族は怒り、若い画家はパリを離れることになります。
この記事では、なぜこの1枚がスキャンダルになったのか、そしてその後どうなったのかを紹介します。

モデルは「パリでいちばん話題の美女」
モデルは、ヴィルジニー・アメリー・アヴェーニョ・ゴートローという女性です。アメリカのニューオーリンズで生まれ、子どものころに母親とパリへ移り住みました。のちにフランスの銀行家ピエール・ゴートローと結婚し、パリの社交界で名を知られるようになります。
彼女は、透きとおるような白い肌と、くっきりした横顔で有名でした。肌を白く見せるために、薄紫がかったおしろいを使っていたという話も伝わっています。人目を引くこと自体が、社交界での「仕事」のようなものだったのです。
画家が自分から頼んだ肖像画
肖像画は、ふつう描いてほしい人が画家に注文します。ところが《マダムX》は逆で、描かせてほしいと頼んだのはサージェントのほうでした。
当時のサージェントは20代の後半。パリで肖像画家カロリュス=デュランのもとで学び、腕の良い若手として注目されはじめたところでした。

パリの美術界で認められるには、毎年開かれる大きな展覧会「サロン」で評判になるのがいちばんの近道でした。社交界の有名人を思い切った姿で描けば、きっと話題になる。サージェントはそう考えて、ゴートロー夫人に声をかけたとされています。
制作は1883年から1884年にかけて行われました。夫人はじっとしているのが苦手で、サージェントはポーズ選びにも苦労したようです。たくさんの下絵を描いたあとで、横顔を見せて体をひねって立つ、今の姿にたどり着きました。
1884年のサロンで起きたこと
落ちた肩ひも
1884年のサロンで、絵は《***夫人の肖像》という題で展示されました。名前を伏せてはいましたが、見る人には誰なのかがすぐに分かりました。
問題になったのは、ドレスの右肩のひもです。最初の絵では、宝石の付いた細い肩ひもが、肩から腕のほうへずり落ちていました。今にもドレスが脱げそうに見えるこの描き方が、「はしたない」と受け取られたのです。
肌を大きく見せた黒いドレス、白すぎるほどの肌の色、そっけなく横を向いた顔。そのどれもが、上品な肖像画を見慣れた人たちには挑発的に映りました。会場では人々が絵の前で笑ったり、ひそひそ話をしたりしたと伝えられています。
母親の抗議
夫人の母親はサージェントのアトリエを訪れ、娘の評判に傷が付いたとして、絵を会場から下ろしてほしいと頼みました。サージェントは、サロンの決まりで展示中の作品は下げられないとして、これを断ったとされています。
サロンが終わったあと、サージェントは肩ひもを描き直し、きちんと肩にかかった今の形にしました。今わたしたちが見ているのは、この直したあとの姿です。
見どころ
三日月の髪飾り
夫人の頭をよく見ると、小さな三日月の形をした髪飾りが付いています。
三日月は、ローマ神話の月と狩りの女神ディアナのしるしです。絵の中で人物が誰なのかを見分けるための持ち物やしるしを「アトリビュート」といい、ディアナは三日月や弓矢と一緒に描かれます。ゴートロー夫人は、この髪飾りで、気高くて近寄りがたい女神の姿に重ねられているのです。
白い肌と黒いドレス
背景は茶色がかった落ち着いた色で、ドレスは黒一色です。その中で、顔・首・肩・腕の白さが浮かび上がります。
肌の色は、ふつうの肖像画のような健康的な血色ではなく、青白く冷たい色で塗られています。これは夫人のおしろいを写したものだとも、サージェントがわざと強調したものだとも言われます。現実の人というより、彫刻のような印象を与える色です。
ひねった体と横顔
体は正面を向き、顔だけを真横に向けています。テーブルに置いた右手で体を支え、左手はドレスをつまんでいます。
この無理のあるひねりのおかげで、首から肩、腕へと続く線がいちばんきれいに見えるようになっています。横顔は、古いメダルやコインに刻まれた肖像のようにくっきりしています。
その後のふたり
ロンドンへ移ったサージェント
スキャンダルのあと、パリでのサージェントへの肖像画の注文は減ったとされています。サージェントは1886年ごろロンドンに拠点を移し、イギリスで肖像画家として成功していきます。
ロンドンに移ってからは、明るい光の中の子どもたちを描いた作品なども生まれました。

やがてサージェントは、イギリスとアメリカの上流階級から次々と注文を受ける、当代いちばんの肖像画家になります。

アトリエに置かれ続けた絵
《マダムX》は、夫人の家族が買い取ることはなく、サージェントのアトリエに残りました。サージェントはこの絵を手元に置き続け、30年以上たった1916年に、メトロポリタン美術館に売りました。
そのとき、サージェントは「これは自分が描いたものの中でいちばん良いものだと思う」という意味の言葉を手紙に書いています。また、絵の題を《マダムX》とし、モデルの名前を出さないようにしてほしいと頼みました。「マダムX」という呼び名は、ここから定着していきます。
ゴートロー夫人は、その前年の1915年に亡くなっていました。
まとめ
- 《マダムXの肖像》は、サージェントがパリの社交界で有名なゴートロー夫人を描いた肖像画です
- 1884年のサロンで、ずり落ちた肩ひもなどが「はしたない」とされ、大きなスキャンダルになりました
- サージェントはサロンのあとで肩ひもを描き直し、のちにロンドンへ移って肖像画家として成功しました
- 頭の三日月の髪飾りは、月の女神ディアナのアトリビュートです
- サージェントは絵を手元に置き続け、1916年に「いちばん良いもの」としてメトロポリタン美術館に売りました
《マダムX》を見るときは、まず右肩のひもに目をやってみてください。たった1本の線が、140年前のパリを騒がせ、ひとりの画家の人生を変えたのです。
アイキャッチ画像:マダムXの肖像(The Metropolitan Museum of Art, Arthur Hoppock Hearn Fund, 1916)