怪物メドゥーサを倒し、海の怪物から王女アンドロメダを救う。ギリシャ神話の英雄ペルセウスの物語は、多くの画家が描いてきました。ただ、多くの絵が描くのは、物語のいちばん劇的な一場面です。
イギリスの画家エドワード・バーン=ジョーンズは違いました。旅の始まりから結末までを、連作として描こうとしたのです。この記事では、その絵を順に見ながら物語をたどります。文章は短くしました。まず絵を見て、次の場面へ進んでみてください。
完成しなかった音楽室の絵
1875年、政治家アーサー・バルフォアが、ロンドンの自宅の音楽室に飾る連作を注文しました。もとにしたのは、友人の詩人ウィリアム・モリスが書いたペルセウスの物語です。バーン=ジョーンズは全部で10場面を考え、まず実物大の下絵を仕上げてから、油彩に取りかかりました。
しかし、連作は完成しませんでした。油彩で仕上がったのは4場面だけで、ほかは描きかけのまま残されました。下絵はイギリスのサウサンプトン市立美術館に、油彩の多くはドイツのシュツットガルト州立美術館に伝わっています。
そのため、この記事の絵には、完成した作品、描きかけの作品、下絵に近いものが混ざっています。それぞれの所蔵や技法は資料によって記録が分かれるものもあります。ここでは物語の順に絵を楽しむことを優先します。10場面のうち「石になるアトラス」は当サイトに未登録のため、8場面をたどります。
第1場面 使命を受ける
ペルセウスは、セリポス島の王にメドゥーサの首を持ち帰ると、軽率に約束してしまいました。見た者を石に変える怪物です。

この絵には、時間の違う場面が同じ画面に入っています。左では、うずくまって悩むペルセウスのもとに、布をかぶった姿の女神アテナが現れます。右側では正体を明かしたアテナが、彼に鏡を差し出しています。この鏡が、のちに彼の命を救います。
第2場面 老女たちから聞き出す
次に訪ねたのは、グライアイと呼ばれる老女の姉妹です。3人で1つの目と1つの歯を分け合っています。

ペルセウスはその目を奪い、知っていることを話すよう迫ります。目を失った3人は、手探りで身をよじらせています。絵の上には、音楽室を訪れる人のために物語を記したラテン語の文が入っています。
第3場面 武具を授かる
老女たちに聞いた先には、海のニンフたちがいました。彼女たちは、空を飛ぶ翼のついた履物、姿を消す兜、首を入れるための袋を預かっています。

武具を受け取るペルセウスの表情は暗く、英雄らしい高揚はありません。ニンフたちの柔らかな衣と、彼の金属の鎧の対比にも注目してください。
第4場面 怪物の姉妹を見つける
メドゥーサは3姉妹のひとりで、不死の姉たちと違い、死ぬ運命にありました。

左に立つ布をまとった姿がメドゥーサ、その足もとで翼にくるまっているのが姉たちです。右奥には、兜で姿を消し、鏡でメドゥーサの居場所を探るペルセウスがいます。バーン=ジョーンズのメドゥーサは恐ろしい怪物というより、悲しむ人のように見えます。
第5場面 首を取る
メドゥーサは首を落とされ、画面の下に倒れています。

上には、翼を広げた姉たちが舞い上がっています。妹を殺した者を探しているのですが、姿を消したペルセウスは見つかりません。右側の彼は首を袋に収めようとしています。戦いの瞬間ではなく、その直後を選んだところに、この連作の静けさがあります。
第6場面 岩につながれた娘と出会う
帰り道のペルセウスは、岩につながれた王女アンドロメダを見つけます。母の自慢が海の神の怒りを招き、娘が怪物へのいけにえにされたのです。

石の柱につながれたアンドロメダと、姿を現したペルセウスが向き合います。これから怪物が来るとは思えないほど静かな、出会いの場面です。
第7場面 海の怪物を倒す
物語で最も激しい場面ですが、画面は不思議に落ち着いています。

黒くうねる怪物の体がペルセウスに巻きつき、画面を埋めています。彼は剣を構え、その動きはまるで模様のようです。左のアンドロメダは背を向けて立ち、戦いに加わりません。
第8場面 水に映した首を見せる
最後の場面の舞台は、果実の実る庭です。

ペルセウスはメドゥーサの首を掲げ、アンドロメダと手を取り合って水をたたえた石の水盤をのぞき込みます。直接見れば石になってしまうので、水に映して見せているのです。水面には2人の顔とメドゥーサの顔が並びます。怪物を倒した武器を恋人に見せるという、美しくも不穏な終わり方です。
別の画家が選んだ一場面
連作と見比べると、ほかの画家が物語のどこを切り取ったかがよく分かります。
カラヴァッジョが描いたのは、切り落とされた首そのものです。円い盾の上で、メドゥーサは叫ぶ口を開けたままです。

ティツィアーノは、空から逆さまに飛び込むペルセウスを描きました。バーン=ジョーンズの静けさとは正反対の、動きの絵です。

レンブラントの絵には、ペルセウスも怪物も描かれていません。岩につながれたアンドロメダがひとり、不安そうな表情を浮かべています。

まとめ
バーン=ジョーンズの連作は、英雄の勝利よりも、悩み、ためらい、静かに進んでいく姿を見せてくれます。未完に終わったため、仕上げの度合いはばらばらですが、その違いも制作の跡として見ることができます。
同じ物語を、1枚で描くか、連作で描くか。その違いが分かると、神話の絵を見る楽しみが一つ増えるはずです。
アイキャッチ画像:不吉な首(Southampton City Art Gallery / Wikimedia Commons (Public domain))











