神々の王ゼウスは、生まれたときから王だったわけではありません。その前には、父クロノスが世界を治めていました。この物語は、わが子を呑み込む父と、母に隠されて生き延びた末の子が、10年にわたって戦い、世界の主が入れ替わるまでの話です。ギリシャ神話の「神々の時代」は、ここから始まります。
父を倒した父
はじめに世界を治めていたのは、天の神ウラノスでした。ウラノスは大地の女神ガイアとの間に生まれた子のうち、姿の恐ろしい一つ目の巨人キュクロプスや、百の腕を持つ巨人ヘカトンケイルを嫌い、大地の奥深くに押し込めてしまいます。
苦しんだガイアは、硬い鉄で大きな鎌を作り、子どもたちに父への仕返しを持ちかけました。応じたのは末の子クロノスだけでした。クロノスは鎌でウラノスを傷つけ、天の王の座を奪います。このとき、両親から一つの予言を告げられました。「おまえもいつか、自分の子に王の座を奪われるだろう」。
子を呑み込む王
クロノスは、姉のレアを妻にしました。けれども予言を恐れるあまり、子が生まれるたびに、その子を丸ごと呑み込んでしまいます。ヘスティア、デメテル、ヘラ、ハデス、ポセイドンの5人が、次々に父のおなかの中に消えました。
悲しんだレアは、6番目の子を身ごもったとき、両親のウラノスとガイアに助けを求めます。そして夜のうちにクレタ島へ渡り、生まれた子をひそかに洞窟に隠しました。それがゼウスです。
石の身代わり
レアは、産着で大きな石を包み、生まれた子だと言ってクロノスに渡しました。クロノスは確かめもせずに、それを呑み込みます。
クレタ島の洞窟では、山羊のアマルテイアが乳を与え、ニンフたちがゼウスを育てました。赤ん坊の泣き声が父に届かないように、クレテスと呼ばれる若者たちが洞窟の前で盾と槍を打ち鳴らして踊り、声をかき消したといいます。
兄と姉を取り戻す
大人になったゼウスは、父に立ち向かいます。知恵の女神メティスの助けを借りて、クロノスに吐き薬を飲ませると、クロノスはまず身代わりの石を、続いて呑み込んでいた5人の子を吐き出しました。おなかの中にいた兄や姉たちは、無事に外へ出てきました。
吐き出された石は、ゼウスがデルポイ(デルフォイ)に据え、人々はそれを「世界のへそ(オムパロス)」として祀ったと伝えられています。
ティタノマキア――10年の戦い
こうして、ゼウスと兄弟姉妹たち、オリュンポス山に陣取る若い神々と、オトリュス山に陣取るクロノスたちティタン(父の世代の神々)との戦いが始まりました。これを「ティタノマキア(ティタンとの戦い)」と呼びます。戦いは10年続いても決着がつきませんでした。
そこでゼウスは、祖母ガイアの助言に従い、大地の底に閉じ込められたままだったキュクロプスとヘカトンケイルを解き放ちます。キュクロプスはお礼に、ゼウスには雷を、ポセイドンには三叉の矛を、ハデスには姿を消せる兜を作って贈りました。ヘカトンケイルは百の腕で岩を次々に投げつけ、ティタンたちを押しつぶしていきます。ゼウスの雷は天も大地も海も揺らし、ついにティタンたちは敗れました。
ティタンの中にも、ゼウスの側についた者がいました。人間に火を与えたことで知られるプロメテウスも、そのひとりです。
戦いのあと
敗れたティタンたちは、大地のさらに下にある奈落タルタロスに閉じ込められ、ヘカトンケイルが見張り役になりました。ティタンのひとりアトラスは、世界の西の果てで天を支え続けるという罰を受けます。
勝ったゼウス、ポセイドン、ハデスの3兄弟は、くじを引いて世界を分けました。ゼウスが天、ポセイドンが海、ハデスが冥界を受け持ち、大地とオリュンポス山は皆のものとされました。こうしてゼウスは神々の王となり、オリュンポスの神々の時代が始まります。そして、父を倒して王になったゼウスもまた、「いつか自分の子に王の座を奪われる」という恐れを抱き続けることになります。
絵画の中のこの物語
絵画では、クロノスはローマ神話の名前「サトゥルヌス」で呼ばれることがほとんどです。いちばん有名なのは、ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』でしょう。ゴヤが晩年、自分の家の壁に描いた「黒い絵」のひとつで、見開いた目で子をかじる姿は、神話の場面というより、恐れに取りつかれた人間の狂気のように見えます。同じ題材は、ルーベンスも描いています。
クロノスは、名前の響きが似ている「時(クロノス)」の神と古くから混同されてきました。そのため絵画では、大きな鎌を持ち、翼のある老人の姿で「時の翁」として描かれることもあります。鎌を持つ老人が子を抱えていたら、この物語のクロノスかもしれません。
