ヘラは、神々の女王です。神々の王ゼウスの正式な妻で、結婚と出産、そして女性たちを守る女神でした。威厳に満ちた美しい女神ですが、恋多き夫ゼウスに裏切られるたびに激しく怒り、その怒りは多くの神話のきっかけになりました。ローマ神話ではユノと呼ばれ、英語ではジュノーです。6月を表す英語の June は、この女神の名前から来ています。
父に呑み込まれた娘
ヘラは、ティタンの王クロノスとレアの娘です。父クロノスは「自分の子に王座を奪われる」という予言を恐れて、生まれた子を次々に呑み込みました。ヘラもそのひとりです。のちに末の弟ゼウスが父に薬を飲ませ、ヘラはほかのきょうだいとともに外へ出ることができました(「ゼウスと父クロノスの戦い」)。
ゼウスとの結婚
ゼウスは姉であるヘラを妻にしたいと願いました。ある言い伝えでは、ゼウスは雨にぬれて震えるカッコウに姿を変え、ヘラのひざに飛び込みました。かわいそうに思ったヘラが鳥を胸に抱いたとき、ゼウスは元の姿に戻り、結婚を申し込んだといいます。
ふたりの婚礼には神々が集まり、大地の女神ガイアは、黄金のりんごが実る木を贈りました。この木は世界の西の果ての庭に植えられ、ヘスペリデスと呼ばれるニンフたちが守ることになります。
ヘラとゼウスの間には、戦いの神アレス、青春の女神ヘベ、出産の女神エイレイテュイアが生まれました。鍛冶の神ヘパイストスは、ヘラがひとりで産んだ子とする言い伝えもあります。
嫉妬する女王
ゼウスはヘラと結婚してからも、たくさんの女神や人間の娘に恋をしました。ヘラの怒りは、多くの場合、夫ではなく相手の女性やその子に向けられます。
- イオ:ゼウスに愛された娘イオは、白い牝牛に変えられました。ヘラはその牛を百の目を持つ番人アルゴスに見張らせ、アルゴスが倒されると、虻を送ってイオを世界中さまよわせました
- レト:アポロンとアルテミスを身ごもったレトには、子を産む土地をどこにも与えないよう命じました
- セメレ:人間の娘セメレには、乳母の姿で近づき、「本当にゼウスなら、本来の姿を見せてもらいなさい」とそそのかしました。雷の光に包まれたゼウスの姿を見たセメレは、焼け死んでしまいます。おなかの子は救われ、酒の神ディオニュソスになりました
- ヘラクレス:ゼウスと人間の女性の子ヘラクレスには、赤ん坊のころから蛇を送り込み、大人になってからも苦しめ続けました

孔雀の羽と天の川
イオを見張っていたアルゴスがヘルメスに倒されると、ヘラはその百の目を、自分の鳥である孔雀の尾羽に飾りました。孔雀の羽にある目のような模様は、アルゴスの目だといわれます。
夜空の天の川にも、ヘラにまつわる話があります。ゼウスは、赤ん坊のヘラクレスを不死にしようと、眠っているヘラの胸に吸いつかせました。目を覚ましたヘラが驚いて赤ん坊を押しのけると、こぼれた乳が空に流れて、天の川になったといいます。英語で天の川を「ミルキー・ウェイ(乳の道)」と呼ぶのは、この話から来ています。
パリスの審判とトロイア
「いちばん美しい女神」を決めるパリスの審判で、ヘラは世界を治める力を約束しましたが、選ばれたのは愛の女神アフロディテでした。この恨みから、ヘラはトロイア戦争でギリシャ側に味方し、トロイアが滅びるまで許しませんでした。
絵の中のヘラの見分け方
- 孔雀:いちばんの手がかりです。そばに孔雀がいたり、孔雀が車を引いていたりします
- 王冠と王笏:神々の女王として、冠をかぶり、杖を持った堂々とした女性の姿で描かれます
- ゼウスのそば:ゼウスの隣や、ゼウスの恋の場面の隅から様子をうかがう姿でも描かれます
アングルの『ユピテルとテティス』では、玉座のゼウスにすがる海の女神テティスを、左上の雲のかげからヘラがじっと見つめています。コレッジョの『ユピテルとイオ』は、ゼウスが黒い雲に姿を変えて、ヘラの目を逃れながらイオを抱きしめる場面です。
